2008年10月4日土曜日

神はサイコロの出方を知っているか

 
確率と言うと、「サイコロを投げたときに1の目が出る確率」のように離散事象を取り扱うものや、
「明日の最高気温」のように連続事象を取り扱うものがある。
前者は、離散値に対して、確率分布で確率を考え、後者は確率密度関数で確率を考える。
しかし、数学の確率論ではどちらの場合でも、全体事象はΩと抽象的に書かれ、
確率は「測度」というもので表現するので、形式的表現はどちらも同じになる。

今の2例は全体事象が全く異なるので、互いに全く違う確率を考えていることになる。
しかし、もちろん両者を同時に考えることもできるわけで、そのような場合は全体集合同士の
積集合を考えることで新しい全体集合を作ることができ、その上の確率を別途定義してやればよい。

さて本題。
このような全体事象を考えられる全ての場合で想定し、それらの積を考えると、
その極限は一体何になるだろうか?



答え・・・・Ω=宇宙の取りうる全状態 (n次元の関数空間、nは半端なく大きい数)



つまり、確率論の最大は「宇宙の状態が次の時刻でどのようになるか?」ということを取り扱うことになる。
このような場合、冒頭の「サイコロを投げたときに1の目が出る確率」なんてものは、Ωのごく一部の
小さな部分空間で、その上の確率を考えていることになる。
また、我々は地球の周辺の事に関しては、現時刻の状態をある程度把握しているので、
次の時刻でどうなるか?という確率は、条件付き確率となる。

しかし、「Ω=宇宙全体」なんて取ってしまったら、その確率を考えることは現実的に不可能である。
もし、その確率がわかる者が居るとすれば、それこそ神だろう。

アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言った。
その通り。神はサイコロを振らない。
ただし、「サイコロの出方については完璧な知識がある」のである。



確率論は永遠に完成しない。

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