2008年12月10日水曜日

OpenCL 1.0 リリース

 
OpenCL 1.0リリース
http://slashdot.jp/developers/article.pl?sid=08/12/10/0245221

OpenCLがリリースされました。
これにより、GPUの計算能力を簡単に利用できるようになると期待されます。

最近のGPUは、3Dアニメーションを使わなければ、オーバースペックすぎるほどの
計算能力を持ってしまっているわけで、これが有効活用できれば、様々な新しい試みが生まれるかもしれません。

例えば・・・
● 気象データ(気圧配置、気温等)と地形データから、明日の天気予報を数値計算で求める
とか、
● 経済情報から、将来の経済シミュレーションを行って、投資判断に用いる
なんてことを、個人のPCで行えるようになるかもしれません。

もしくは、
● 全地球の気象シミュレーションのスクリーンセーバー
なんていう洒落っ気の効いたプログラムも作れそうです。

ミニスパコン化するPC、貴方はどのように使いたいですか?

2008年12月2日火曜日

具体的?抽象的?

 
一般的に、抽象的な学問の例として数学が挙げられます。
「無限大」だとか「極限」だとか「空集合」だとか、イメージしても具体的には
書き表せれないような概念がわんかさ登場します。

では逆に、具体的な学問の例は何でしょうか?
1つの例として法律が挙げられるかもしれません。
六法全書を開けば、具体的な法律条文を見渡すことができるし、
頑張れば各条文ごとに読んで理解できるかもしれません。

しかし、本当のところどうでしょうか?
検討してみましょう。

数学は厳密な論理構造を基礎とします。
まず、「公理」を立て、概念を「定義」し、そこから「定理」を「証明」によって導きます。
例外は一切ありません。例外が証明されてしまえば、それは定理になります。
数学の議論でこのような手順を踏む理由は、論理を疎かにすると、1+1=1なんていう証明が
簡単に作れてしまい、計算の正確性なんてものがあったもんじゃないからです。

するとどうでしょう。数学では全てが定義から始まるので、その内容は非常に具体的です。
定義を解釈して別の意味で使うなんてことはしません。
(この式の1は、ここでは0として扱うなんて話は聞いたことありませんよね?)
従って、数学は思考は抽象的でありながら、表現は非常に具体的であると言えます。


一方、法律の場合を考えてみましょう。
法律は「趣旨」や「目的」を重視して作成され、その趣旨も時代に合わせて変化するものです。
言ってしまえば、「こう思うから、こうした!」というようにある意味ジャイアニズムとも言える
内容も含まれています。
すると、その根拠というか理論的なバックグラウンドを考えた場合に困ったことになります。
解釈によってどうとでも考えられるようになってしまうのです。

これが、○○説、○○主義なんて名前で呼ばれて、複数の主義主張が対立する事態になります。
そしてそれぞれの当てはめによって条文の解釈が変わってしまうのです。
(過失といっても、じゃあどこからが過失で、どこまでが無過失なのかの判断に困りますね。)
従って、法律は具体的であるように見えて、表現は曖昧であったりするわけです。


自然科学系の学問は前者の例になることが多いようです。
演繹的アプローチですね。
対して、社会科学系の学問は後者の例になることが多いようです。
帰納的アプローチです。

2008年11月30日日曜日

夢の技術

 
初代新幹線、0系が営業運転を終了しました。

開業当時の1960年代というと俺からすれば、
米国の宇宙開発の時代と意識されてしまいます。
丁度ジェミニ計画によって、アポロ計画での月着陸船と指令船の分離・ドッキング
のために必要な、宇宙船のランデブー実証研究が行われていたり、
船外活動によって宇宙服の有効性が確かめられていた頃です。

この時代、米国では有人宇宙飛行という夢の詰まった技術開発が行われていた訳ですが、
その頃の日本における夢の技術が、この新幹線だったわけですね。
規模も内容も宇宙開発に匹敵するものがあると思います。
それだけ人々の希望が大きかったのでしょうね。

さて、21世紀はどんな夢の技術が育っていくのでしょうか?楽しみです。

http://www.jr-odekake.net/navi/shinkansen/0kei/
# スペシャルムービーに少し感動

2008年11月27日木曜日

世の中フレームワークだらけ

 
人間の活動は、
・フレームワークを作り出し
・フレームワークに準拠して行動し
・フレームワークを改良する
というサイクルの繰り返しのような気がしてきました。

法律は権利・義務のフレームワーク、
会計基準は財務処理のフレームワーク、
数学は算術のフレームワーク、
プログラミング言語は数値計算のフレームワーク、
更に、
宗教は道徳のフレームワーク、
なんて事も言えるかもしれません。

そう考えると、フレームワークという言葉自体、新しいモノの様に聞こえるけれど、
本質は昔から存在する「仕組み」の集まりである、と考えることもできそうです。

2008年11月21日金曜日

5インチベイ引き出し

 
タワー型PCの全面には、CD-ROMドライブ等を取り付けるための拡張スロットがあります。
通称5インチベイ。

空いている5インチベイに引き出しを取り付けて、小物入れにしたら面白そうだな〜
と考えていたら、既に製品化されていました。

http://www.ainex.jp/products/bb-02.htm


PC関連の小物(メモリーカード)とかを保管するのにちょうど良さそうです。

2008年11月15日土曜日

大数学者訃報

 
Renowned math wiz Ito, 93, dies
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20081115a9.html

私が修士論文の研究結果を学会で発表する当日の今日、この訃報を知った。
まさに、確率微分方程式を使う分野であり、伊藤の公式無くしては何も作れない分野である。

伊藤の公式は、ニュートン・ライプニッツの微分・積分に継ぐ、数学の歴史の中で、
最も重要な発見の1つであり、理論・実学の両面において、革命的なブレイク・スルーである。
それは、一度証明されてしまえば絶対に、普遍的に成り立つ公式であり、
微分・積分学が17世紀から今日まで300年以上も使われ続けているのと同様、
今後数百年、数学の中で重要な基本定理となるだろう。
それは、数百年後において数学を勉強する学生にも、公式が発見された当時の感動と
世界の本質的アイデアを与えるだろう。

今手元には、”伊藤清「確率論」岩波基礎数学選書”がある。
伊藤先生亡き後、この本は伊藤先生そのものであり、読み・理解することで先生の思考をトレース
することができ、再び私たちにその本質を教えてくれるのである。

伊藤先生のご冥福を心からお祈り致します。

The Work of Kyosi Itô (American Mathematical Society)
http://www.ams.org/notices/200706/tx070600744p.pdf

2008年11月1日土曜日

経済予測図に標準偏差

 
日経ビジネスを読んでいたりすると、どこぞの証券や銀行のリサーチ部門が
よく将来の経済予測をやっていたりします。
そのときに、必ずと言っていいほど予想グラフがありますよね。
でも、そのグラフは大抵、平均値と思われる線が一本だけです。
しかし、それだと将来の不確実性がどの程度考慮されているのがよくわかりません。

そこで、平均値のまわりに、標準偏差の予想線も併記するのはどうでしょう?
まるで、台風予想図のように、将来になるほど範囲円が大きくなるような形で。

そうすることで、読み手もリスクを勘案することができるし、
書き手がどの程度のリスクを想定しているか、ということもわかります。

そして、できれば標準偏差の変化も、標準ブラウン運動のように時間に比例ではなく、
様々な要因を織り込んだ、時変な形にしてみるといいのかもしれません。