2008年12月2日火曜日

具体的?抽象的?

 
一般的に、抽象的な学問の例として数学が挙げられます。
「無限大」だとか「極限」だとか「空集合」だとか、イメージしても具体的には
書き表せれないような概念がわんかさ登場します。

では逆に、具体的な学問の例は何でしょうか?
1つの例として法律が挙げられるかもしれません。
六法全書を開けば、具体的な法律条文を見渡すことができるし、
頑張れば各条文ごとに読んで理解できるかもしれません。

しかし、本当のところどうでしょうか?
検討してみましょう。

数学は厳密な論理構造を基礎とします。
まず、「公理」を立て、概念を「定義」し、そこから「定理」を「証明」によって導きます。
例外は一切ありません。例外が証明されてしまえば、それは定理になります。
数学の議論でこのような手順を踏む理由は、論理を疎かにすると、1+1=1なんていう証明が
簡単に作れてしまい、計算の正確性なんてものがあったもんじゃないからです。

するとどうでしょう。数学では全てが定義から始まるので、その内容は非常に具体的です。
定義を解釈して別の意味で使うなんてことはしません。
(この式の1は、ここでは0として扱うなんて話は聞いたことありませんよね?)
従って、数学は思考は抽象的でありながら、表現は非常に具体的であると言えます。


一方、法律の場合を考えてみましょう。
法律は「趣旨」や「目的」を重視して作成され、その趣旨も時代に合わせて変化するものです。
言ってしまえば、「こう思うから、こうした!」というようにある意味ジャイアニズムとも言える
内容も含まれています。
すると、その根拠というか理論的なバックグラウンドを考えた場合に困ったことになります。
解釈によってどうとでも考えられるようになってしまうのです。

これが、○○説、○○主義なんて名前で呼ばれて、複数の主義主張が対立する事態になります。
そしてそれぞれの当てはめによって条文の解釈が変わってしまうのです。
(過失といっても、じゃあどこからが過失で、どこまでが無過失なのかの判断に困りますね。)
従って、法律は具体的であるように見えて、表現は曖昧であったりするわけです。


自然科学系の学問は前者の例になることが多いようです。
演繹的アプローチですね。
対して、社会科学系の学問は後者の例になることが多いようです。
帰納的アプローチです。

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